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路上シンフォニー

このクリップは、人の心を打ちます。
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 ・表現を含む題材……………………… 「路上シンフォニー」から
 ・単語、イデオム……………………… クリップで使われた単語
 ・表現の解説…………………………… 3つの表現を中心に解説します
 ・編集後記……………………………… このクリップは、人の心を打ちます。

■ 表現を含む題材 ━━━━━━━━━━━━━━・・・・・‥‥‥……… 

https://www.greatbigstory.com/stories/macarthur-genius-violinist-to-the-homeless-and-imprisoned?playall=2156
Street Corner Symphonies
(路上シンフォニー)

※ 必要に応じて、CC(字幕)をご利用ください。

■ 単語、イデオム ━━━━━━━━━━━━━━・・・・・‥‥‥……… 

overwhelm 圧倒する
chronic 慢性的な
lifeline ライフライン
transcendent 卓越した
pedestal 台座
artistry 芸術性
incarceration 収監
paranoid schizophrenia 統合失調症
redemptive 贖罪の

        
■ 表現の解説 ━━━━━━━━━━━━━━━━・・・・・‥‥‥……… 

◇    sacred
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Making music at Walt Disney Concert Hall with LA Philharmonic is 
sacred to me. 
(ウォルトディズニーホールで音楽を奏でることは、私にとって神聖なること
です。)

sacredとは「神聖な」という意味です。この言葉通り、「どこか近づきがたいほどの、
地位、名声といったことを越えた」という意味合いを込めての言葉で、彼の最
高の賛辞を表現する言葉のようですね。

◇    as much A as B
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It's as much our job to play in the concert hall as it is to play in 
Skid Row. 
(このコンサートホールで演奏することは重要なことですが、それと同じ位
Skid Rowでの演奏も重要なのです。)

as much A as Bとは「Aと同じくらいBも~です」を表す表現です。

この文章の一部、It's our job to play in the concert hall の直訳は「この
コンサートホールで演奏することは我々の仕事です」となりますが、ここでは
「~することは重要だ」としました。

構文中のAに相当するのが、「ホールでの演奏」に対して、「Skid Rowでの演
奏」もそれと同じ程重要だ、ということを主張しています。

◇    my fullest humanity
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In that moment, I'm just a man standing there with a violin, and all I 
have to offer through that instrument is my fullest humanity. 
(その瞬間、私はバイオリンを持つただの人となります。そして、その楽器で
提供できることは、自分自身の人間性だけです。)

my fullest humanityとは「私の全体の人間性」と直訳されますが、文脈では、
「路上暮らしの人々に、自らの音楽を演奏して、その人々がどのように音楽を
感じ取ったか、彼らから自分へのメッセージは何か、を聞く時、それに対処す
る術は「自分自身の人間性」しかない、と話していますね。

my fullestとしているのは、決して軽い気持ちで聞くわけではなく、「全身全
霊をこめた気持ちで聞く・話す」との意味を込めての表現だと思います。

■ 編 集 後 記 ━━━━━━━━━━━━━━・・・・・‥‥‥……… 

「路上シンフォニー」からの表現を取り上げました。

このクリップは、人の心を打ちます。
チャリティとしての活動、エンターテインメントとしての音楽を提供するので
なく、Skid Rowで演奏することを、路上で暮らす人々から、あたかも崇高なも
のを「受け取る」行為と捉えています。